「ベトナムに移す」と決まった翌週、手元にあるのは中国の工場へ出していた図面と部品表、過去の不具合記録だけ——という案件がほとんどです。決裁は下り、時期も決まった。それでも初日に何をすればいいのか分からない。この記事はその状態の調達・技術・購買担当者に向けています。
なぜベトナムなのかという判断の話はチャイナプラスワンでベトナム調達に整理してあるので、ここでは扱いません。以降は移すと決まった既存部品を1点ずつ中国のサプライヤーからベトナムのサプライヤーへ渡していく作業だけを書きます。
先に身も蓋もないことを書くと、この仕事の本体は安い工場を見つけることではありません。旧サプライヤーが何年もかけて黙って吸収してきた仕様を、文書の形で引き剥がすことです。ここを飛ばして図面だけを渡すと、寸法は図面どおりなのに現場では使えない部品が届きます。
この記事が扱う範囲 — すでに中国で量産している既存部品を、ベトナムのサプライヤーへ渡していく移管の段取りです。新しく発注する部品の条件詰めは加工方法ごとに分けており、切削加工・板金・プレス・鋳物・アルミダイカスト・樹脂射出成形にあります。移管先の候補を一から集める工程はサプライヤーの探し方、書類の求め方は品質書類、型の所有権と回収条項は金型管理です。
先に動かす部品と、最後まで動かさない部品
移管は品目単位の作業なので、全点を同時に動かさず、失敗しても生産が止まらない部品から順に流すのが原則です。
順番は技術的な難易度だけでは決まりません。
| 判断軸 | 先に動かしやすい部品 | 後ろに回したい部品 |
|---|---|---|
| 形状と工程 | 工程数が少なく単工程で完結する | 複数工程・複数業者をまたぐ |
| 材料の入手性 | 汎用材で入手経路が複数ある | 特殊材・指定銘柄で経路が限られる |
| 公差 | 普通公差で足りる | 幾何公差やはめあいが厳しい |
| 検査の難易度 | 一般的な測定器で合否が出る | 専用治具・非破壊検査・特殊設備が要る |
| 承認の縛り | 自社判断で変更できる | 顧客承認・認証・法規の届出がかかる |
| 数量と在庫 | 月産が安定し在庫を積める | 変動が大きい、かさばる、期限がある |
この表は可否の線引きではなく、社内で順番を議論するための軸です。見落とされやすいのは下の2行で、顧客承認や認証が絡む部品は工場を変えた瞬間に承認の取り直しが走ることがあります。作れるかどうかとは別の時間軸なので、技術部門だけで順番を決めないでください。
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図面どおりに作らせても、同じ物は出てこない
図面は仕様の全部ではなく、残りは旧サプライヤーの中に暗黙知として溜まっているため、図面だけを渡すと新しい工場はその工場なりの常識で穴を埋めます。
長く付き合った工場ほど、図面に書かれていない判断を勝手に引き受けています。材料をどの商社から買うか、バリをどこまで落とすか、キズは何本まで見逃すか、どの寸法を何個測るか。立ち上げ期のやりとりで決まり、そのまま口頭とメールの中に埋まったまま数年が経ちます。
やっかいなのは、その判断が図面に載っていないのに現物には入っていることです。新しい工場は悪意なく自社の標準で埋めるため、届いた現物に「違う」と言っても図面には違反していない。「図面はあるのに同じ物ができない」という相談は、突き詰めると「何を同じにするかを決めていなかった」に帰着します。
仕様の棚卸しチェックリスト
移管実務の中心は、旧サプライヤーが黙って吸収していた工程を、新サプライヤーへ渡せる文書の形に書き出す作業です。
洗い出す項目と、それがどこにあるかを並べます。右の列が「旧工場」で埋まる項目ほど、関係が動く前に手を打つ必要があります。
| 棚卸しの項目 | 図面に載っているか | どこから拾うか |
|---|---|---|
| 材質の規格名と実銘柄 | 規格名は載る/銘柄は載らない | 材料証明書、旧工場の購買記録 |
| 表面処理の種類と膜厚 | 種類は載る/膜厚と測定位置が曖昧 | 処理業者の仕様書、過去の検査成績書 |
| 熱処理の条件と硬さの測定位置 | 硬さ値は載る/位置は不明なことが多い | 作業標準、硬さ試験の記録 |
| 溶接記号と実際の施工 | 記号は載る/脚長や順序は載らない | 現物、旧工場の溶接要領 |
| 公差の実運用 | 図面公差は載る/抜き取り基準は載らない | 受入検査の記録、検査成績書の様式 |
| 外観の許容(キズ・バリ・色差) | ほぼ載らない | 限度見本、過去の不合格品 |
| 限度見本の有無と所在 | 載らない | 旧工場、自社の検査場、顧客 |
| 梱包仕様 | 載らないことが多い | 現物の梱包、旧工場の梱包要領 |
| 検査成績書の項目と様式 | 載らない | 過去の納入書類 |
| 過去の不具合と暫定対策の履歴 | 載らない | 自社の是正記録、クレーム台帳 |
特に難しいのが外観の許容です。限度見本(英語では limit sample、boundary sample)は合格品と不合格品の境目を現物で示すもので、文章より早く伝わります。旧工場に現物があるなら、所在と数、いつ誰が承認したのかを先に確認してください。
検査成績書として何を、どの段階で求めるかはベトナム部品調達の品質書類、公差と測定の合意はベトナム切削加工の発注前に決める図面と公差に分けて書いています。棚卸しで出た項目は、そのまま新しい工場への見積依頼(RFQ)の中身になります。
💬 棚卸しで出た項目を、ベトナムの工場に伝わる形へ翻訳する作業からお手伝いできます。 Sunsho Tradeは要件をサプライヤーへ伝え、選定・検品・貿易書類の準備・輸出手続きまで一括で代行します。製造・OEM支援もご覧ください。
材質の規格は「相当材」であって同一ではない
中国のGB、日本のJIS、米国のASTM、欧州のENはそれぞれ独立した規格体系であり、対応表の一行で置き換えられるものではありません。
中国の国家標準は強制規格が「GB」、推奨規格が「GB/T」の二本立てで運用されています。ベトナムには科学技術省の下でTCVN(ベトナム国家規格)の体系があります。規格が違えば成分の許容範囲も試験方法も違い得るため、この記事では具体的な規格番号の対応表は出しません。ネット上の対応表を根拠に「相当材だから同じ」と処理するのが、移管でいちばん危ない近道です。
実務で見るのは対応表ではなく材料証明書の実測値です。英語では Mill Test Certificate(MTC)または Material Test Report(MTR)。欧州規格 EN 10204 は証明書を区分しており、3.1 はメーカー内の製造部門から独立した検査担当者が発行するもの、3.2 は第三者の検査機関が立ち会い連署するものとされています。どちらで出せるかは工場と品目によるので、出せる前提で進めないでください。なお「ミルシート」は日本の現場語です。英語名に加えて、欲しい項目(化学成分か機械的性質か、ロットとの紐付け、試験片の採り方)まで書いて依頼します。
旧サプライヤーからの資産回収と、新サプライヤーでの承認
型や治具の所有権を確認したうえで、試作から初品検査、限度見本の再設定、量産承認という順で新しい工場を立ち上げます。
まず資産の回収です。金型・治具・検査治具・限度見本の所有権は契約で決まっていますが、自社所有でも現物は中国にあります。移管を切り出した後で保管費や未払いの主張が出ると回収が止まるため、契約条項と現物の所在の確認は話を切り出す前に済ませてください(詳細はベトナム製造委託の金型管理に譲ります)。
新工場の立ち上げは、試作 → 初品検査(First Article Inspection、FAI)→ 限度見本の再設定 → 量産承認の順です。検査成績書は Inspection Report、適合を宣言する書類は Certificate of Conformity(CoC)、出荷前の第三者検査は Pre-Shipment Inspection(PSI)。日本語の呼称だけでは意図がずれるので、英語名を併記します。
注意したいのは、業界固有の枠組みを一般部品へ持ち込まないことです。FAIの様式を定めた AS9102 は SAE International が発行する航空宇宙分野の規格(策定は IAQG)、自動車の PPAP・APQP は AIAG(Automotive Industry Action Group)の手引きで IATF 16949 の運用とセットの枠組みです。いずれもその業界の要求であって、一般の機械部品に必ず要るものではありません。
限度見本も、旧工場のものをそのまま持ち込めるとは限りません。工程が変われば傷や色の出方が変わるからです。旧見本を基準として示しつつ、初回ロットから合意し直す前提で組んでください(検品の設計はベトナム調達の品質管理・検品代行ガイド)。
並行生産と、どのロットから切り替えるか
旧拠点の最終ロットと新拠点の初回量産は必ず重なり、その重なりをどれだけ厚く取るかが移管の成否を分けます。
決めることは4つです。旧拠点へいつまで発注するか、新拠点のどのロットから正規採用するか、その間の在庫を何ヶ月分積むか、切り替えの単位を製造ロットにするか出荷日にするか。4つ目は後から効いてきます。不具合が出たときに「どちらの工場の物か」を即答できないと原因追及が止まるため、ロット番号・刻印・梱包表示のいずれかで受入側が識別できる状態を先に作ってください。
並行生産の長さを月数で断定することはできません。部品の単純さ、認証の有無、在庫の積みやすさで大きく変わるからです。他社の記事で見かける「◯ヶ月」はその会社が扱った品目の話です。自分の部品で最終ロットの製造から量産承認までのカレンダーを引き、海上輸送のリードタイムとTết(旧正月)の停止期間を乗せてから決めてください(納期・リードタイムの考え方、テト前後の発注スケジュール)。
ベトナムに移しても、材料が中国から来ていたら
最終加工地をベトナムに移しても、二次材や副資材の調達元が中国のままなら供給リスクは残り、そのうえ特恵関税が使えないことがあります。
企画書に書かれにくい部分なので、正直に書きます。ジェトロ「2025年度 海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(2025年8〜9月実施、有効回答5,109社)によれば、ベトナムに進出した日系製造業の原材料・部品の調達先内訳のうち「現地」は38.1%で、前年度調査の36.6%から上昇しています。同時に同調査は、調達先としての「中国」の比率が全体で1.4ポイント上昇し、国・地域別では調査対象のすべての国・地域で上昇したと記しています。
ベトナムに工場を構えている日系メーカーですら部材の多くを外から持ってきており、中国からの比率は下がっていない。これは「ベトナムが未熟だから」ではなく、品目によって裾野の厚みに差があるという話です。裾野産業の業界団体 VASI(Vietnam Association of Supporting Industries。公式サイトによれば2017年3月の設立で、会員は300社を超えます)も活動しており、層の形成は進んでいます。実務では、見積の段階で母材・めっき・塗料・副資材・梱包材・二次加工の外注先まで「どこから買うのか」を聞いてください。
もう一つが原産地規則です。ベトナムで最終加工しただけでは、日本への輸入で特恵関税が使えるとは限りません。EPAの原産地規則には実質的変更基準として関税分類変更基準・付加価値基準・加工工程基準という考え方があり、どれを満たせばよいかは品目別規則(PSR)でHS番号ごとに定められています(財務省関税局・税関)。中国産材料を使う場合、それが非原産材料としてどう扱われるかで結論が変わります。
使える協定は日ベトナムEPA(Form VJ)、AJCEP(Form AJ)、RCEP、CPTPPなどで、CPTPPは第三者証明ではなく自己申告による運用です。ベトナム側の原産地証明書は商工省(および同省の各地の輸出入管理課)が発給します。2025年4月の商工省決定1103/QĐ-BCTでベトナム商工会議所(VCCI)への発給委任が取り消され、同年5月5日から特恵C/O・非特恵C/Oとも商工省に一本化されました(ジェトロ)。なお日本商工会議所が出す第一種特定原産地証明書は日本から輸出する側の書類で、輸入する側の話ではありません。判定はHS番号と個別の事案で変わるため、税関・ジェトロ・専門家への確認が前提です。
💬 「材料はどこから買うのか」をベトナム語で工場に確認する段階から代行します。 Sunsho Tradeはホーチミンから、サプライヤーの探索・選定、工場の確認、検品の手配、貿易書類の準備と輸出手続きまでをお手伝いします。お問合せフォームまたはLINEからご連絡ください。
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よくある質問(FAQ)
Q. 旧サプライヤーが金型を返してくれません。 A. まず契約書の所有権条項と、支払い完了の証跡を揃えます。所有権が自社にあっても、保管費や未払いを理由に引き渡しが止まることがあります。型を諦めて新規製作した場合の費用と期間も試算しておくと、交渉の幅が出ます。
Q. 図面はあるのに、同じ物ができないのはなぜですか。 A. 図面が仕様の全部ではないからです。材料の実銘柄、表面処理の膜厚、外観の許容、抜き取りの基準は図面に載らず、旧工場の運用として吸収されていることが大半です。移管の作業量の多くは、この文書化に費やされます。
Q. 並行生産はどのくらい必要ですか。 A. 月数は品目と工場で大きく変わるため、一般論の数字は使えません。最終ロットの製造から量産承認までのカレンダーを引き、海上輸送のリードタイムとTếtの停止期間を足し、初回ロットの手戻り1回分を見込んで積み上げます。
Q. ベトナムの工場から材料証明書は出してもらえますか。 A. 出せる工場はありますが、何を出すかは指定しないと決まりません。化学成分か機械的性質か、ロットとどう紐づけるか、試験片をどう採るかまで注文書に書きます。EN 10204 の 3.1 と 3.2 では証明する主体が違う点も先に決めます。
Q. ベトナムで加工すれば関税は安くなりますか。 A. 条件を満たせば協定税率が使える可能性はありますが、加工したという事実だけでは決まりません。品目別規則(PSR)でHS番号ごとに基準が定められており、中国産材料の扱いで結論が変わります。税関やジェトロ、専門家への確認が必要です。
まとめ
中国からベトナムへ部品を切り替える作業の本体は、工場探しではなく仕様の引き剥がしです。押さえる順番は5つ——先に動かす品目を選ぶ、図面に書かれていない仕様を棚卸しする、材質は相当材として実測値で確認する、資産を回収して新工場で承認プロセスを回す、並行生産の厚みと切替ロットを決める。ここまで終えてから声をかければ、返ってくる見積は比較でき、届く部品には再現性が出ます。
二次材が中国のままなら中国リスクは残り、原産地規則の判定も変わり得ます。期間も相場も品目と工場で大きく変わるため、この記事は判断の枠組みであって、自社の数字ではありません。
Sunsho Tradeはホーチミンに拠点を置き、ご要件をうかがってベトナム国内のサプライヤーを探し、価格・品質・納期を比較して取引先を選定し、工場の確認から検品、貿易書類の準備、輸出手続きまでを一括でお手伝いします。切り替えの段取り表を一緒に引くところからでもご相談ください。